2019年9月7日土曜日

オカッパババのタワゴト 20







ブログにて、今迄二人で選んだものをあげている。

何か、想い出が記憶を誘って
私のペンが走るのである。

そしてあの時、あの場所、あの想い。
辿るものがあるという事、私達は幸せである。
そして、子供達にも伝わっていると思っている。

もの作りの生活の中での買い物は、
かなり厳しかったが、好きこそ!
その人を応援したい!と思う心が、
私達を動かして来た。
それは満足感ではなく、満腹感なのである。

私は沖縄の芭蕉布が大好きである。
しかし、帯、着物は高価であり、
古い裂地を求めるのが精一杯でした。
でも、私は満足であり、触れては楽しんでいた。
慈しむ、愛しむという感であり、
魅了されていたのである。

この布が出来上がるまでの、手仕事に携わっている人達に
頭が下がり、名も残そうとかではなく、
モクモクと仕事をしている姿が浮かびます。

よく布や織が好きで、自分なりに本を読み、
資料館に通い、私なりに学びました。
知る事の楽しさとワクワク感を思い出します。

同じ芭蕉布でも、織の模様でも、
それぞれに違うし、無地はさらに個性が出るのです。
人間が作り出しているものだから、
その人の個性が出るのです。
ものや作品は、その人、そのものである。

沖縄の暑い陽射しをはねのけているような
ちょっと、男性的な感がある布である。


「琉球芭蕉布」辻合 喜代太郎 著 はくおう社刊の本に
出会って、この本を求めたのです。




       時間が浸みた外側の箱




       箱から出した本のケース






 本の中身







  お茶の懐紙を入れる袋を芭蕉布で作り
  中は古布で中敷きを作る。




この本は昭和48年限定200部作られました。
そして布に対しての想いで出来た本であり、
大切に作られた本である。
総和紙で出来ていて、裂地の見本が貼ってあり、
それはとても大切に思う本である。

今、開いてみて、求めた事に、
今さらながら、大切にしなければと思ってしまう。
生きていての出会いである。

抜粋ではあるがこの本の序にはこんな言葉が書いてある。


序 -----
  この亜熱帯に属し、高温多湿という特有の風土に生まれた
  芭蕉布は、島の人々の生活の中から自然的に生まれた世界各地に
  例の見ない琉球独自の衣服地であり、芭蕉という特殊な材料から
  困難な手仕事によってつくられた、この美しい布は、
  まさに天与の贈物とさえ思われる。
  ーーーーーー           



跋 -----
  琉球の自然的条件が自ら生み出さしめた天与の衣服地、
  それは芭蕉衣であるといって過言ではない。

  あの素朴な色調、美しさを誇った芭蕉布は決して琉球の人々に
  忘れ去ることが出来ないものであろう。

  この長い年月、この琉球の人々に親しまれ愛された芭蕉布の
  真の価値を認識すると共に永久にその生産技法伝承し
  琉球伝統織物としての芭蕉布の意味をいまいちど
  検討しなければならないのではあるまいか。
                         著者

  




私達は、色々学び、大切ものに出会わなければならないと思う。
1つ失われて行く事は、みんな連なっているものを
失うという事なのである。
私がこの沖縄の文化、工芸、芸能に喜びを見出した事が、
私の人生に、心の豊かさを頂いた事に心から感謝しているのです。
日々の営みの中に、沢山の学びがあるという事である。



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