共に在る
このカップはちょっと想いがある。
娘が生まれる前に求めたものであり
コーヒー、紅茶は薄手の磁器で
口に香りや味が伝わってくるものが好きである。
でも、私には珍しく絵柄と雰囲気の
柔らかさが気に入り求めたカップである。
1748年創業、ビレロイ&ボッホ制である。
ドイツ技術とフランスの感性が融合し
歴史があり、色々な苦境を乗り越えて
270年、今に続いている。

私のカップは左から2番目のマークである。
しかし、今のはどうも欲しいと思わない作風である。
これも人の好みであり、色々である。
特に最近思うのであるが、
大らかなものが少ないように思う。
いつも疑問に思うのである。
だから最近のものはあまり求めようと思わないのである。
さて、このカップには思い出があり、
共に生きている感がある。
先日、仙台の友人の死について書いたのであるが
その彼女が京都に住んでいる時に、
家に遊びに来た時に、このカップを見て
「 これ大好きなんだ! 」と言って
ニコニコしながら見ていた。
私は思わず「 欲しい? 」
「 うん、欲しい 」と言う会話の後に
「 あげるよ。どれがいいの?」
彼女はピンクの柄の大きなカップを選んだのである。
今はなき彼女の家で、娘さんと共にいるのであろう。
思い出は、いいものである!
忘れない限り心の中に残っている。
そして、いいと思った時に求めるという事が
大切であるとおもう。
だって心の中に残るのだから。
これから、我家にある、いいと思って二人で
求めたいろいろなものをブログにて、
あげて行きたいと思う。
思い出が沢山である。
そして、共にあるという喜びなのである。
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