2019年5月8日水曜日

けつじょ









やっぱり、
わたしは、
アイジョウが欠如している。

昔から思ってた。
知っていた。
「さめてるね」
なんてことも言われていた。

佐渡のおばあちゃんがいなくなって、
石巻に行って、
血筋だとか、血のつながりだとか、
そんなことを感じた時間でした。

今まで、
そんなことを思ったことなくて。

久しぶりに会ったイトコ、
かわいかったが、
すっかり立派で。

おじちゃんやおばちゃん。

懐かしい笑顔。
今になって交わすコトバ。

イトコの赤ちゃんがすっごくかわいくて。
わたしには身近におじいちゃんや
おばあちゃんや赤ちゃんがいないから、
知らない、
そんなアレコレが想像でしかなくて。


齋藤工 監督の blank13 を観ました。
最初はジーンとくるものと笑いと、
そんな時間に包まれる中に齋藤さんのすごさを
感想に持ちながら映画を観ました。

なんとなく、余韻が自分につきまとう
そんな映画でした。

また、観たいと思い
2度目の blank13 を。
今度は泪ばかり・・・

この映画には人の人生を
笑いや悲しみや、怒りや憤りや
優しさや、思いやりや、
そんな、辞書に載っているような
コトバに当てはまるようでいて
そうでない、
生きているからこその
コトバが生きているように思った映画でした。

自分が知りえなかった身近の存在、
自分、親、兄弟、イトコ、親戚・・・

「知る」なんて、なかなかないことかもしれない・・・


白紙の紙に家族のことを書いてみる。
すると矢印とかそんなことで誰かを現わせるけど
そんなんじゃない、
そんなイロイロが人にはある。

わたしは欠けているよりも
欠如なのである。

そんな時間を
佐渡と石巻で感じた。

欠如は埋めることができるのかわからないが、
知ったからこその、
次があるかもしれない・・・

欠如というおっきな穴があるなら
何かで埋めたらいい!

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